民団は今も朝鮮総連の北朝鮮帰国事業を民族的犯罪であるという立場を糾弾している。

 北朝鮮は地上の楽園でエホバが祝福するような国であって、南の韓国は朴軍事独裁政権でサタンが支配する暗黒の国であった、というのが1960年、1970年の朝鮮半島の日本からみた空気だったのだろう。

 エホバの証人が地上の楽園が聖書で実現する!と奉仕伝道している一方で、在日社会では北朝鮮の帰国事業が熱心に行われていてさながらエホ証の地上の楽園のような感じだったのだろう。

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 日本共産党の別働隊から北韓の出先機関への体制転換。その過程で北韓にならい権力を韓徳銖議長に一点集中し、朝鮮労働党の日本支部的役割を果たしていく。 金日成・金正日父子の唯一指導体制を確立するための「学習組」や反主流派に圧力を加える「ふくろう部隊」も結成された。「日本のなかの北朝鮮」と称される ゆえんがここにある。

 しかし、創立当時は北韓一辺倒の追従型組織ではなかった。金王朝にひたすら忠誠を誓いはじめて以降、在日同胞の権益を守るという団体の性格が色あせてくる。その道筋をつけたのが、「北送事業」であった。

 北の言いなりにしか動けない総連組織の中で、「優秀」であるということは、自分でものを考えず、ひたすら上からの命令を忠実に実行するイエスマンだとい うことだ、と著者は言う。だとすれば、北の核があるからこそ韓半島の安全が守られていると言い放つ総連組織の終焉は近い。


 <読書>朝鮮総連の大罪 許されざる、その人びと
 民団が批判する記事なので北朝鮮と朝鮮総連を許すな!みたいな若干、攻撃的なバイアスがかかっているが、基本的に地上の楽園批判はエホバの証人の組織にもきっぱり当てはまるのではないか?

 はじめはチャールズ・テイル・ラッセルというものみの塔の教祖も聖書の楽園や世の終わりのハルマゲドンを言い出したが、あくまで自発的に聖書でこのような解釈もある、といい出して自然と支持者が集まったのがエホバの証人の草創期であったとは思う。

 実際、ラッセル時代は十字架をエホバの証人も信じていて、それなりにキリスト教の一派として国際聖書研究者と名乗っていたのだろう。ラッセル時代は輸血などエホバの証人は禁じていなかったのだ。

 しかし、独裁者ラザフォードが出てきてから十字架は間違いだった・・・と強引に主張するようになって金正日の現地指導のように独裁を固めて『エホバの証人』という名称に固執して、自分たちだけが救われる組織というカルト性が強烈になって、組織は正しい!という洗脳が徹底したといえるのではないか?

 三代目のネイサン・ノアになるとほとんど統治体というか北朝鮮の朝鮮労働党のような共産主義独裁組織にJWは変質して、悪名高い輸血拒否とハルマゲドンと輸血拒否の指導は徹底されて、組織や統治体に対する批判は北朝鮮の粛清のように弾圧されて、我々、JWだけが正しいのだ!の狂信性は強まって、残りの者は盲目的に組織や統治体に従うだけになってしまった。

 
 統治体に言いなりにしか動けないものみの塔の組織の中で、「優秀」であるということは、自分でものを考えず、ひたすら上からの命令を忠実に実行するイエスマンだということだ、と著者は言う。

 だとすれば、ハルマゲドンが到来して地上の楽園が実現して人類の安全が守られていると嘘をついてきたものみの塔聖書冊子協会の組織の終焉は近い。


 エホ証は在日の北朝鮮帰国事業で地上の楽園を朝鮮総連が宣伝して、民団と対立していたという在日社会の歴史など世の人のことであって知らない・・といって無視するだろうが、やっていたことは同じではなかったのか?と少し考えてみたらいいだろう。

 朝鮮総連の北朝鮮帰国事業の後追いのようにエホバの証人が地上の楽園を熱望していて、熱心な奉仕伝道で人の迷惑も顧みないで自宅や駅前でストーカー行為をしているとなれば、一度、自分たちの地上の楽園に奉仕するという考えは本当によい行いであるのか?を冷静に考えた方がいい。

 エホバの証人って朝鮮カルトで朝鮮総連みたいなことをやっているのか!という批判というか偏見も出るのは当然だろう、と思ってしまう。

 軽く風刺?みたいにパロディで記事を書いてみたけれど、エホ証の現役信者に言葉は届くだろうか?