ノストラダムスの大予言を書いた五島勉はもしかしてエホバの証人に入信していたのか?
 あるいは一時期、エホ証の研究生だったのか?

 1999年7月に天から恐怖の大王でハルマゲドンで人類滅亡・・・たどという壮大な嘘を書いた五島勉なのだけど、もしかしたら何らかの関係がエホバの証人の日本支部とあったのだろうか?

 本人は自分の書いたノストラダムスの大予言はオウム真理教やエホバの証人とは関係がない、といっていたようではあるが、昔からハルマゲドンを唱えていたのはエホバの証人やアメリカのキリスト教原理主義者だったのでもしかしたら五島勉もその辺のカルトの影響の影響もあったのか?

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 皮肉にも五島勉の『ノストラダムスの大予言』はベストセラーになるのだが、昔、小松左京の『日本沈没』がベストセラーになった時代に『ノストラダムスの大予言』もまたベストセラーになったのだろう。

 『ノストラダムスの大予言』の影響を受けてハルマゲドンが1999年7月に実現する、と思ってオウム真理教の麻原彰晃を妄信したり、エホバの証人の王国会館に足を運ぶ人も実際、多かったとは思う。

 日本の戦後のエホバの証人の拡大にも五島勉の『ノストラダムスの大予言』との関連性もまた、大きいのではないか?


 五島が祥伝社の伊賀弘三良に「10人の預言者を扱った企画」を持ち込んだところ、伊賀がノストラダムス1本に決定。

 これを受け、五島は1973年(昭和48年)に『ノストラダムスの大予言』(祥伝社)を執筆。この本は、オイルショックや公害問題の顕在化による社会不安を背景に250万部の大ベストセラーとなり、映画化もされた。

 五島はこの本の印税により、石神井に土地を購入し、自宅を建てている。五島はこれに先立つ1970年(昭和45年)から1971年(昭和46年)、創価学会の提灯本と評される『池田大作という人 その素顔と愛と生き方』などを刊行していたため、『ノストラダムスの大予言』については、信者拡大のために終末論を必要としていた創価学会の思惑の反映と見なす向きがある一方、創価学会が信者獲得に利用したことはなかったという宮崎哲弥の指摘もある。

 五島勉

 五島勉の『ノストラダムスの大予言』がベストセラーになったのが1973年だという。同時期にエホバの証人も1975年にハルマゲドンが到来する!と騒ぎ出して信者が拡大したのは興味深い。

 五島勉の『ノストラダムスの大予言』とエホバの証人の王国会館が同時に増えていったのが1970年代だろう。

 五島勉も実は隠れエホバの証人で海老名ベテルのことを知っていたとか、実は隠れエホ証研究生で一時期、聖書研究をしていたのではないか?という噂もあったのか?とは思う。

 五島勉からエホバの証人に関する話は語られることはないが、もしかしたら彼も何らかの影響をエホバの証人から受けていて『ノストラダムスの大予言』のような嘘のトンデモ本を書いていたのだろうか?