エホバの証人の脱会に携わる人は多かれ少なかれプロテスタント系のキリスト教の牧師である。

 決まりきったようにいうのはエホバの証人をキリストの証人へ!とか、イエスの証人へ!という宗教の勧誘のような宣伝文句である。

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 しかし、本当にエホバの証人を辞めてキリスト教会に通ったとしてもエホ証時代の悪癖がなくならないし、不幸にも今度は子どもを連れてキリスト教の教義を子どもに押し付けるという不幸をまたも繰り返してしまうのではないか?

 知り合いの牧師を含め、JW脱出に関わった牧師たちの活動を否定するつもりは毛頭ありません。

 しかし、JWからほぼ間断なくキリスト教に移っていく、ということは、本人にとって本当によかったのか、という疑問があります。

 また、JW脱出して間もなくのキリスト教信者の、良くも悪くも「熱心」な思考・行動パターンは基本的に変わっていないことが多いです。

 当人が子持ちだったら悲劇が生まれます。王国会館と奉仕活動に子どもをドナドナしていたのが、 今度は「今まで間違っていたからこれからは教会へ」と教会に子どもをドナドナしてしまう。

  どう生きる、脱塔後。


 残念ながらエホバの証人を辞めても今度はキリスト教会に移行しても同じような習慣を繰り返したり、逆にJWに騙された!となると、神学的な知識を振り回してエホバの証人を延々とブログで攻撃するだけになってしまい、不幸な精神構造は変化なし!なのではないか?

 結局、エホバの証人を辞めた後にキリストの証人やイエスの証人となっても今度はエホバの証人が許せない!となって、気がつけばブログではエホバの証人の間違い探しばかりで攻撃的で言葉の暴力のような独善と狂信がそのまま器になったようなキリスト教原理主義者になってしまう悲劇もあるといえばある。

 エホバの証人からキリストの証人とかイエスの証人というスローガンは絶対的ではない。

 もちろんJWTCのような宗教活動で脱洗脳ということは悪いことでもないが、JWがキリスト教に改心していけば救いがあるか?というのは何ともいえないし、時間をかけて答えを出すのがいいのではないだろうか?

 JWTCの活動を自分は否定もしなのだけれどもキリストの証人とかイエスの証人で聖書の御言葉とかイエス様!という信仰を押し付けるような行動も非常に独善的で狂信者さながらと批判されてもしかたがないと思う。

 仮にイエス様を信じます!となって無事、JWの王国会館を去った・・・はいいのだろうが、今度はイエス様が絶対正しいのでエホバ神の手先は異端として糾弾して本気で撲滅すべきだ!では良くないのではないか?

 Yahoo!ブログでも元エホバの証人だった人がエホ証糾弾ブログで異端撲滅宣言!をどぎつい言葉で繰り返しているがさながらキリスト教原理主義者で好きになれないので最近は読んでいない。

 もちろんエホバの証人をやめてキリスト教に入信する義務はない。
 人生はじっくり考えた方がいい。

 性急にイエス様!でエホバの証人からキリストの証人とかイエスの証人で幸福な人生ということはないのであくまでキリスト教会に救いというのは自分で考えたことの結果とも思えてくる。